もうすぐ堕ち伝4発売!

というわけで六か月連続刊行の締め括りである、

真伝勇伝・革命編 堕ちた黒い勇者の伝説4

が発売されまーす!
すげー!
六か月まじで乗りきったよ! なんか記録らしいのですが、それがどういう記録なのかについては、あとがき参照で!

そんなこんなで堕ち伝4
4月20日(月)発売です!

今回もよろしくお願いします!!
内容的には、どんどん、長編のほうのいろいろな謎がこちらで解かれまくっていってしまっていて、大変です。本当に両方読む用になってきてしまった。
なにが大変って、作者がそんなつもりがなかったところが大変です。
こんなにこっちで伏線開かししていいのかと、がくがくしながら書いてます。
ぜひぜひ読んでねー!
あと表紙超かっこいいけどいったい誰だ! 
という謎についても、楽しみにしていてください。

そんなこんなで現在、六か月連続刊行を終えて、絶賛休暇中……じゃねぇええええええええええ! ということはこの日記を読んでいるみなさんはもうとっくに知っているわけですが。

毎日ギターの練習をちょぼちょぼしつつ、原稿漬けの日々です。
頑張っております。

あ、あざのさんの日記とかにも書かれると思いますが、仕事場のメンバーが何人か。
仕事漬けな僕をおいて。

沖縄にいきやがった!!!

あいつらー!笑

僕もいきたいですが、おうちでしばらくこそこそしておきます。

さてさて今日はこんな感じですが、久し振りに質問に答えてみまーす。
ええと、わりと長めな相談だったので、こっちで要点だけ書いてしまいます。気に障ったらごめんねー。
『子供のころから作家になりたいと思っていたのですが、小二のころに母親に作家になりたいと言ったら、「馬鹿じゃないの?」と一刀両断にされました。まだ子供だったので傷付き、それから私は人に自分の将来の夢と言うのを話せなくなりました。今も変わらず夢は小説家です。しかしそれ以来、夢を人に見せることが怖くなってしまいました。怖くて投稿もできません。失敗を恐れていては何もできないことはわかっています。それでも、怖いのです。一次選考も受からないだろうな、とか、もしこれが投稿作品だと気付かれずにすてられてしまったら?とか、無駄なことばかり考えてしまうのです。いつも、作品を書いて、そこで終わってしまいます。
今日も今日とて、作品をひとつ書き終わったところだったりします。投稿する勇気もないのなら、書かなければいいのに、未練ばかりが残って何度も何度も書いてしまいます。そ私の力を出し切ったものがこれ? こんなくだらないもの投稿して、何になるの? そうやって頭のなかで、ぐるぐるぐるぐる、嘲笑が響くのです。始まりはきっと、母の何気ない馬鹿じゃないのという言葉。何気ない一言でも、心に深く突き刺さったあの言葉。
それがどんどん大きくなって、馬鹿みたいに一人でぐるぐるしてます。でもそれでも書き続けてしまうのです。いっそ、誰かにズバッと切ってもらいたいと、そう思うのです。一回投稿して、落ちればあきらめがつく。そう思うのですが、本当に九年以上も見続けてきた夢が、それで断ち切れるでしょうか? そう思うとやはり、手が止まってしまうのです。ぐちぐちともうしわありませんでした。もし最後まで読んでくださったのなら、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。本当に、本当にありがとうございました』

という相談がきたのですが、きっと同じように悩んでいる人はたくさんいると思うので、
少し真剣に答えてみます。
というか僕も含めてこういうことは悩んでます。

いつだって自分の作ったものを人に見せるのは怖いし、それを読んで、クソつまんねーって言われたらどうしようとか、そんなことを想像して、机に座るのだって怖いです。
これはもう50冊近く本を出した僕も、いまもそうです。
まだ未熟で、全員を満足させられるものを僕は書くことはできないから、必ず不満を持つ人がいるのはわかっているし、それどころか今までずっと楽しいと言って待ってくれている読者のみんなの期待に、答えられないものしか書けなかったらどうしようって、いつも震えています。
本当になにかを作って人に見せるということは自分を他人にさらけだすことなので、怖くて怖くて、仕方ないです。
自分の一番だめな部分、下手な部分、ダサイ部分を人に見せるわけですから、
そりゃまああたりまえです。

でもそれでも、一人でもそれを見て、楽しいとか、救われたとか、伝わったと言ってくれる人がいたのなら、がんばる価値はあると、僕は思っています。
いろいろなところで、クソ下手だとか、おもしろくないとかけなされたりすることがわかっていたとしても、自分が作ったものが誰かを楽しい気持ちにできる可能性が少しでもあるのなら、馬鹿にされにいく価値はあると、そう思っています。
それにあなたのお母さんが言ったとおり、小説家になる、なんて夢は、確かに他人にとっては馬鹿じゃないの? と言いたくなるような夢です。というか、ミュージシャンとか、芸能人とか、他にも起業して社長、とかね、そういうのは大抵、馬鹿じゃないの? と言われます。

まずなれる確率が低い。
なっても、それで喰っていける確率が低い。
喰っていけるようになっても、それがずっと続く保証などない。

だからみんな心配して、馬鹿じゃないの? と言ってくれます。
それはとてもありがたいことだと思います。
本当に心配してくれてるんですから。
でもね。
それをありがたいと思う一方で、別に馬鹿でいいじゃない。
とも、僕は思います。
人生は一回しかないんだから、馬鹿なことを真剣にやったって、いいと思うのです。ってかそのほうがいいと思うのです。
もちろん他人からは馬鹿にされます。だって馬鹿なことを真剣に、命懸けでやってるんだから、そりゃ馬鹿じゃないの? って言われるに決まってます。
でも自分はその馬鹿なことを真剣にやってるんだ、という自負があれば、その笑い声を気にする必要はないと思います。にこにこ笑って、そうなんだ、俺&私、馬鹿なんだ~って言っちゃって大丈夫だと思います。
で、もしもたくさん頑張って、頑張って、頑張った結果、それでもうまくいかなくたって(そういうことは多いです)、恥ずかしがる必要はないと思います。
だって、頑張ったという結果は、残ると思うから。
頑張ったってうまくいかない。
隣の奴のほうが努力してないのに、なぜかあいつはうまくいって、自分はだめ、とか。
なんかもう、世の中はそんなことに溢れてます。
でもそれでも、頑張らなきゃ、なにもうまくいかない、というのも、真理なんです。
だからやらずに後悔するよりは、やって、それももの凄く真剣にやって、なにあいつあんな頑張ってるの? まじださーい、みたいに、他人に馬鹿にされるほど真剣にやって、それから後悔したほうが、得られるものは大きいと思います。
それはどの職種でもそうです。なにをやるにしてもそうです。

僕もいまだに、毎日怖いです。もっとできるはず、もっともっとできるはずという重圧とか、できてるつもりなのに馬鹿にされるんじゃないかという不安とか、その他にも頑張っても頑張ってもうまくいかないことばかりで、がくがく震えます。

でもそれとは別に、泣いたり、笑ったりするほど毎日を頑張れてることについては、凄く幸せを感じます。担当さんともかなりヘビーな会話をして、お互い泣いて、でも結果がでて、大喜びして、そんな、馬鹿みたいに一生懸命やれていることに、幸せを感じます。

もう、いますべてを失っても、後悔しないほど真剣に生きている、ということに幸せを感じます。
だから、馬鹿にされるほどがつんといっちゃっていいと思います。

頑張りすぎるときっと笑われるし、馬鹿にされるけど(というかこういう文章を書いてる段階で、苦笑したり、ださいと思う人はたくさんいると思うけれど。僕だってなに浅い人生論語っちゃってるのださーいとか、思うかもしれないしね!)

でも、どうも馬鹿にされるのは、人生ゲームを進んでいくときに最初に訪れる、仕様のようなんです。

だから大丈夫。
一緒に馬鹿やって、馬鹿にされようぜ!
んで、どかーんっとやってれば、結果が出たり、でなかったりするけれども、でも少なくとも、後悔はしないと思うから。

たくさん恐怖はあるけれど、えいやっと乗り越えていこう。
馬鹿じゃないの? という言う人と同じだけ、「俺らまじで馬鹿だよなー!」と言ってくれる仲間もいるから!
僕もその仲間なので、応援しております!
お互い頑張ろうね!

っというような返答で、どうでしょうか!

あーーーしかし、今回も恥ずかしいことを書いた!涙
でももし、この文章が相談者の役に立ったなら、僕は幸せです。
うん。

ではでは今回はこのへんでー。

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